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まだ、夢を見ている。

いつも部屋に花を飾っていた。薔薇。百合。アルストロメリア。かすみ草にトルコ桔梗、ガーベラやりんどうやグロリオーサなんかもあったな。取り分けあの人は薔薇を好んで、色とりどりの薔薇を私によくねだった。何本かある時は100均で買ってきた綺麗なグラスに生けて、シンデレラのガラスの靴の隣に飾って、新しく花を買ってきた日はグラスに油性ペンで日付を書いた。一輪挿しにする時はシェリー酒やワインの空き瓶に生けた。お花屋さんのおじいさんがいい人で、私たちを気に入ってくれて、お店のお古のハサミをくれたり、お店に出せなくなった花なんかをおまけしてくれた。今残ったのは、花を生ける習慣だけ。机の端っこでお気に入りのボトルに生けた薔薇が腐りかけている。

寝る前には、毎晩絵本を読んだ。ベッドに入る前に「今日はこれがいい」と言って絵本を選ぶ姿が、とても愛おしかった。酒井駒子さんの絵本が好きで、中でも『ビロードのうさぎ』と『よるくま』は大のお気に入りだった。
「ねぇママ、夜になると かわいいともだちがやってくるんだ。 夜みたいにくろい、くまの子。」
そういえば、ビロード製のうさぎの人形をプレゼントしたくて、こっそりいろいろ探し回ったっけ。結局見つけられなかったけれど。私が読んでいる途中であの人はいつの間にか寝息を立て始めて、私はそれに気付くとそっと髪を撫でて、それから起こさないように絵本をそっと床に置いて、隣に潜り込んであの人を抱いて眠った。私の方がずっと早くに出るから、静かに準備をして寝ているあの人の唇にそっとキスを落として仕事に行く。玄関先にはその日出す分のゴミが置いてあって、それを捨ててから早朝の商店街を駅に向かって歩いた。今残ったのは、独りで眠る寂しさだけ。本棚の隅でもう開かれることのない絵本が、ひっそりと佇んでいる。

そんな絵に描いたような幸せが、物語の中にしかないような日々が、全て嘘に変わってしまって、あの時こうしていればとか、あの時にこの能力があったらだとか、そんなこと考えたってもうどうしようもないのに、もう遅いのに、今更どうしようもないことなんてわかっているのに、考えてしまうんだよ。もう愛していないつもりでいるけれど、楔はどこかにあって、そいつがどうしたって抜けないんだ。夢みたいな日々だったから、夢みたいに終わっちゃったのかな。お酒を教えたのも煙草を教えたのもあの人だったのに、残ったのが体を壊すものばっかりというのは、どうにも皮肉が過ぎるよなぁ。

いっそ全部忘れちゃってさ。何もかも見失ってさ。新しい世界だけを純粋に愛せたらいいのになぁ。幸福だった日々が寂しい記憶に変わってしまうのは、綺麗な花がだんだん腐って枯れていくのに似ているな。新しい花を生けることも出来なくて、だから別の誰かと絵本を開くことも、もうないのだろうな。

ああ、明日は花を買いに行こう。腐りかけの薔薇を捨てて、トルコ桔梗を買おう。見つからなかったら、アルストロメリアでもいいな。新しい水に入れ替えてさ。それから、本屋さんに行って『ビロードのうさぎ』も買おう。『よるくま』もあるか見てみよう。それで家に帰って、明日は一日寝ていよう。こんな風にして幸せだった日々の記憶を反芻して生きるのは、どうにも惨めだ。でも、だからって愛おしかった日々を憎むようになるのは、なんか違うと思うんだ。惨めでも滑稽でも、自分に嘘をついてしまうのは、それはそれでどうしようもなく悲しくて、胸が詰まるから。