腐海奮闘記。

物を腐らせるのが得意だ。

いや、それは決して私が瘴気を放っているという訳ではなく、食べ物を放置し過ぎて気付いたら腐っているというだけの話である。腐るまで放置してしまうそもそもの土壌はどうして形成されたかというと、以前交際していた元恋人の話にさかのぼる。

 

今も一人暮らしのままだが、その人と付き合っていた期間の内に私は一人暮らしを始めた。元恋人もまた、私より遅れる形で一人暮らしを始めた。話が逸れるので詳しくは書かないが、元恋人は依存気質なところがあり、私の事を度々部屋に呼んだ。その頻度は日を追うごとに多くなり、私は片道千円近い道のりを足しげく通った。一方で元恋人もまた、時々は私の部屋にきた。その時は食材を買って家に帰り、よく料理をしてくれたものだった。


だがしかし。この食材や料理が問題であった。食べきれないにも関わらず、元恋人は大量に買い込むのだ(買い込むと言っても全額私持ちだったが)。当然、余る。翌日食べればいいと思われる読者諸兄もおられる事だろうと思う。私もそのつもりであった。しかし、現実はそう甘くはない。当時仕事が終わって家に着くのは八時過ぎから九時ごろのことである。早くても七時過ぎだ。今日は会う予定もないからとその残り物を食べようとすると、呼び出しがかかる。家から駅までは徒歩15分ほど。一瞬の迷いもなく、私は荷物をまとめて家を出る。
今考えれば阿呆ではなかろうかという気しかしないが、また夢中になるような相手に巡り合ってしまったら同じ行動をとるんだろうなぁ……。まあそれはよしとして。一度向こうの家に行ったらしばらく帰らないこともあるし(そこから会社へ行きかえりする)、家に帰ってもまたすぐ出てしまう事もしばしばであった。よしんばそれらがなくとも、当時の私は料理と言えばうどんを茹でるくらいしか芸のない人間であったから、食材ばかりはどうにもならない。
一度、ホワイトシチューを作ってくれた時などは最悪であった。シチュー自体はすこぶる美味でよかったのだけれど、その翌日から二週間ほど家を空けることになった。たしか、暖かい時節のことだったろうと思う。家に着く直前になって、私は思い出した。そのホワイトシチューの存在を。玄関のドアを開けてすぐに感じた饐えた匂い。表面が硬化してやや白カビの浮いた汚泥のようなものがガス台の上の鍋に鎮座していた。蓋を開けた瞬間、私はすさまじい臭気に思わず戻しそうになった。なんとかそれをこらえ、可能な限りトイレに流し、しばらく洗剤を溶いた水に浸してから全力で洗った。

さて。こうして私の物を腐らせるということに対する無頓着さは培われていった訳であったが、先日炊いた米を少しだけ食べて一週間近く放置してしまうという事態に陥った。恋人はもういないので理由は単純に私がくるくると出回っている内にうっかりしてしまっただけである。時々気にはしていたものの、どうせもう食べられないからと片づけを先延ばし先延ばしにしてしまっていた。さらに一週間くらい経った日の事、私はついにそのかびたお米を処理しようと決意する。意を決して炊飯器の蓋を開けた私は大いに驚いた。
炊飯器の中に、まるで箱庭のような美しい世界が形成されているではないか。米はいくらか食べたので段になり、左側の窯が露出している部分を平地とすると右側は丘のような形になっていた。その丘だが、丘の左半分の一番端は黄色く、真ん中辺りにいくとピンク色に突然変わり、残りは白いままの米だ。まるで花畑のような可愛らしい色をしている。また右半分は白いふわふわとしたものに覆われ、丘全体に点々と濃い緑色の小さい斑点があった。炊飯器の蓋には水滴がついており、それがなんとなしに曇天を想起させた。私はこの光景にちょっと涙ぐんだ。こんな狭い窯の中にも生命が芽生えている!それもこんなに美しい、愛おしささえも感じさせるような色をして!私はしばしその光景に見入った。もっとよく見ようと顔を近づけた!

瞬間、饐えた匂いが私の嗅覚を刺した。我に返った私は何のためらいもなくすべてトイレに流して洗剤を溶かした水につけた窯を綺麗に洗った。本当に何してたんだろ、私。
皆さんも食材の購入と使用は計画的にしましょうね。