読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

酔余の旅路。

目が覚めるとそこはどうやら終点であるらしかった。寝ぼけと酔いでよくわからないまま私は電車を待とうとしたが、駅員に止められてしまった。曰く、今日の電車はもう終わりらしい。ああ、やってしまったな、と思いながら携帯の時計を確認すると、0:48と表示されている。この時間ならJRはまだ動いているはずだ。最寄駅へは行けないが、ここよりは近いところまで行けるだろう。そう思い一度神奈川新町の駅を出かけたものの、また構内へ戻って連絡通路へ向かった。が、今まさに駅員がシャッターを下ろしたところだそうで、そちらへ抜けることは出来なかった。面白くない気分だ。仕方なしに駅を出て、私はタクシー待ちの人々を横目に横浜方面へ歩き出すのだった。
そういえば、この辺りは歩いたことがなかった。整った道の両脇には居酒屋らしき店が並び、道の両側に等間隔で赤い提灯が灯っている。ある種幻想的とも言えるその光景に、うすら寒さを覚えながら私はその道を歩き出し、はたと立ち止まった。いや、待てよ。本当にこんな道はあったろうか。いつも通過するか乗り換えるかしかない駅だと言っても、ホームは低い位置にあるのだからさすがにこんな場所があればわかるだろうし、一度は行ってみたいと思うに違いない。何か違和感を感じる。なんだ。なんだ。と、ここで私は携帯を取り出した。地図アプリを起動する。そうだ。こんな時こそ文明の利器を有効に活用しよう。位置情報が読み込まれ、現在地が表示された。そう、ここは。

"金沢文庫駅"

思わず笑ってしまった。だんだんと頭が覚醒してくる。冷静に考えると神奈川新町駅で乗り換えて眠り込んだはずなのに、ここが神奈川新町駅であろうはずがない。そもそもJRの連絡口があるのは隣の仲木戸駅だ。
そして蘇る悪夢。あれはいつだったろうか。私は同じように終電を逃し、ここ、金沢文庫駅からタクシーに乗ったのだ。家に着いた時に請求された額はたしか六千円だかもう少しだかだったと思う。駄目だ。この絶望的にお金がない今、タクシーは使えない。となると選択肢は二つ。近場の店で朝まで時間を潰すか、歩いて帰るかしかない。歩こう。私はそう決意した。
地図アプリに住所を入力すると、二時間四十分と出た。距離にして約12.7km。阿呆か。いや阿呆は私だ。駄目元でその近辺に住んでいる友人に連絡を入れ、歩き出した。返信はその日の昼過ぎまでなかった。

国道沿いをしばらく行くと、地図アプリからその道を外れるように指示が出た。が、その先はどう見ても住宅街である。街灯もまばらで、とにかく暗い。位置情報を確認しながら私はその道を歩き出した。この辺りは横浜の例に漏れず、山を切り崩して街を形成しているらしく、坂が多い。というかもうこれ山じゃないか。頭上には黒々とした木々が生い茂り、舗装されているもののどう見ても私道、それも歩行者しか通れない登りの道をしばらく行くと、再び国道に出た。やや安堵しつつも、先は長い。足を緩めることなく私は歩き続けた。
また、道を外れるように指示が出た。先ほどよりも更に細い道である。そして、やはり坂。道はどんどん暗くなるが、あまり恐怖は感じない。地図アプリを覗きつつずんずん進んでいると、ふと示されている道を外れてしまった。あれ、おかしいなと思って少し戻る。が、曲がるように指示されている地点に立っても道なんてない。怪訝に思ってよく目を凝らす。初めに見えたのは、闇だった。木々の間にぽっかりと闇が抜けている。携帯の光を当てると、その全貌が見えた。
それは、階段だった。古い神社に続くような、石段のような階段。それが水に濡れて黒々と携帯の光を照り返している。いや、濡れているのではない。ごく薄い水の膜が出来ているのだ。それは、せせらぎだった。耳を澄ませなければわからないほどの小さな音を立ててそのごく浅い川は石段の上を流れていた。そして私は思った。「え、ここ通ンの……!?」と。

そこからどこか近未来的な雰囲気の住宅街を抜け、舗装された道路を歩き、山を越え、ようやく見覚えのある商店街の端にたどり着いた。子供のころによく自転車を飛ばした道を歩いて帰路を辿る。酒は完全に抜けており、頭が痛む。歩きすぎて足も棒のようだ。幼い時分の私はよもや自らがこんな時間にぼろきれのようになって歩くとは思ってもみなかったろう。そんなことを考えながらようやく家にたどり着き、私は早々に布団に潜り込んで眠った。もう二度と寝過ごさないという決意と、また同じことが起こるだろうという確信を胸に抱いて。