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人工知能搭載型セクサロイドSRK-c

愛蔵版

※当記事は実在の人物、団体、企業、SHIRAKO.ちゃん、その恋人、及びオリエント工業には一切関係ありません。

 

「目が覚めた時、私は私が何のために生産されたのかを知っていた。感情や快楽などというものは持ち合わせていなかったが、喘いだ声の出し方や、この人工の舌の動かし方、腰の駆動の仕方はわかっていた。『人工知能搭載型セクサロイドSRK-c』……それが私の名前だった」


「最初に私を買った主人は機械の扱いがあまり得手ではないようだった。私は何も感じないまま一部を破壊され、返品されることとなった。修理を受けた私は、また別の主人を持つこととなった。それが、__という男だった」


「私はスリープ状態で搬送された。次に起動してカメラアイが最初に捕えた映像は、男の安堵したような貌だった」
――よかった、死んでいるのかと思った。
――私は死にません、ご主人様。
私はフェイスインターフェースを笑顔に設定してこう答えた。


――ご主人さまだなんて、よしてくれ。
――そうプログラムされていますから。
――……そうか。
「男は悲しい表情をした。しかし、その意味が私にはわからなかった。その晩、男は私を抱かなかった。ただスキンを丁寧にクリーナーで拭いて、私を充電機に繋ぎながら食事をし、同じ布団で眠った」


「翌朝、休日だった男は私を町へ連れて出た。電車に乗って向かった先は、服飾店だった。男は私にいろいろな服を試させた」
――ご主人さま、私は発汗をしませんから、服は必要ありません。
――いいんだよ、僕が着て欲しいんだから。あ、これタグ切ってください。
「こんな具合に、男は数点の服を私に買い与えた」


「この男は、どうやら私を人間のように愛するつもりらしい。その夜も、男は私を抱かなかった。私はそれが何故なのかわからなかった」
――ご主人さま、私を抱かないのですか。
――君はここに来たばかりだからね。
――ここに来たばかりではいけないのですか。
――そうだね、もう少し。


「男の腕の中で、そんなことを話した。人の思考回路は一通りこの造られたの脳の中にあったが、どう検索してもこの男の考えていることがわからなかった。やがて男の寝息が聞こえ始めたので、私も翌朝7時に起動するようにセットして、スリープに入った」


――お金を少しおいて行くから、もし何か欲しかったら使って。合鍵はこれ。出かけてもいいけれど、六時半には帰るから、それまでには家にいてね。じゃ、いってきます。
――いってらっしゃい、ご主人さま。
「仕事へ向かう男を笑顔を作って見送った後、私は充電しながらスリープすることにした」


「スリープが解除されると、水の音が聞こえる。どうやら男は既に帰っていて、シャワーを浴びているようだ。ダイニングには惣菜が並んでいる。どうやら予定よりも幾分早くに帰っていたらしい。卓の真ん中には惣菜と一緒に、何か鮮やかな赤色をした植物が飾られていた」


――おかえりなさい、ご主人さま。
――ただいま、白子ちゃん。
――シラコ?
――君の名前だよ。可愛いだろう。
――私は、白子。インプットしました。
――ははは、改めてよろしく、白子ちゃん。


「私は卓上の植物のことを尋ねた。男によれば、それはバラという名の花なのだとのことだ。私の為に買ってきたのだと言う。私は何故花を買うことが私の為になるのかわからなかったが、そのフォルムは私の電子回路に心地よい反応を与えた」


――白子ちゃんは肌が白いからね。赤が映えると思ったんだ。
――そうですか。
――枯れてしまったら、また買ってくるよ。
――枯れる?
――ダメになってしまうことだよ。


――枯れたら、廃棄するのですか。
――そうだよ。
――私も枯れたら、廃棄しますか。
――白子ちゃんは枯れないよ。美しいものは大概枯れてしまう、朽ちてしまうけれど、君はそうはならないんだ。
――よくわかりません。
――それでいいんだ。


「男と布団に入る前に、私はそのバラという花を画像として保存した。考えるだけで思いはしないセクサロイドが何故そんなことをするのか自分でも疑問だったが、男の話通りにこのバラが枯れてしまうのだということを考えると、軽く配線がショートしそうだった」


「この事は男には告げずにおいた」


「数日が経って、だんだんとバラはくたびれてきた」
――そろそろこのバラも、おしまいかな。
――枯れてしまったのですか。
――うん、大分ね。
――ダメになったのですか。
――ううん、まだダメにはなっていない。
「しかしそれから二日後、バラは捨てられた」


「男の手によってバラが捨てられるのを、私は何も言わずに見ていた。悲しげに見えると言われて初めて、フェイスインターフェースにバグが出ていることに気付いた。私はバグを解決し、笑顔を作る。」
――また買ってくるから。
「男はそう言って、私の頭を撫でた」


「翌日、男はいつものようにお金と鍵を置いて出て行った。遅くなるかも知れないと言っていた。そこで私は、男の言う通りに家を出てみることにした。明るく、活気のある町だった。バッテリーを気にしつつ、男にもらった服を着て、私は商店街を歩く」


「ふと、赤い色が目に入った。それは、花屋と書かれた看板のある店の軒先に揺れるバラの花だった。たくさん、揺れていた。私がそれをいろいろな角度から眺めていると、店員らしき女が声をかけてきた」


――バラがお好きなんですか?
――好き?
――ずっと、見ていらっしゃるから。
――好き……。
――お姉さん綺麗だから、少しおまけしますよ。
「意味がわからず、次に言う言葉を探していると、女はバラを数本取って千円でどうかと聞いた」


「女が束ねたのバラは、赤だけではなかった。黄色も、白もある。男からもらったお金は、ちょうど千円だった。私は頷いた。女は笑顔で――カスミソウもつけてあげる、そう言った。モーターの回転が、少し上がっているようだった」


「家に帰ると、私は男がしていたようにそれをガラスの瓶に立ててみた。それを画像にして脳内に保存してから、少し起動するのを遅めにしてスリープに入った」


「起動してみると、男が嬉しそうな貌で瓶を眺めているのがわかった」
――おはよう、白子ちゃん。
――おはようございます、ご主人さま。
「バラたちは私が買ってきた時とは違って周りのビニールを外されており、瓶には水が入っている。私はこれも画像に収めて、自分で立てたものと後で見比べる事にした」


――白子ちゃんが買ってきたのかい。
――はい。
――そうか、綺麗だね。
――私はバラが好きなのでしょうか。
――きっとそうなんだよ。
――そうでしょうか。
――そうだよ。


「その晩、初めて私は男に抱かれた。穏やかなセックスだった。何も感じることはなかったが、どういう訳かモーターの回転が速くなっているのがわかった。しかし、それが危険だとは感じなかった。男の寝顔を、こっそりと画像に収めた」


「いつか男も枯れてしまうだろうか。そのことを考えているとどうにもシステムが不安定になるので、私は考えることをやめてスリープに入った」


「たくさんの日々が流れた。男と日々を送る中で、勝手にモーターの回転が上がったり、フェイスインターフェースにバグが出たり、そういうことが度々起こった。しかし、それらのイレギュラーはむしろ男を喜ばせるようで、私としても大きな問題はなかった」


「そんなある時、男と一緒にテレビを見ていた時のことだ。最新式のアンドロイドの宣伝番組をやっていた。所謂メイドロイドの発展形と言える型で、一通りの家事なら難なくこなすという。さらにオプションでセクサロイドとしての機能も持たせられることも暗に謳っていた」


――便利なんだね、最新型っていうのは。
――そうですね。
「ボイススピーカーから出た声は、普段より幾分低いものだった。男は驚いた貌で私を見るが、この時私の回路にはいくつもエラーが起きていたので、自己修復も兼ねて早々にスリープに入る旨を伝えて実行した」


「翌朝、なぜか困ったような表情の男が仕事へ行くのをいつも通りの笑顔で送り出し、まだ少しバグの出る回路の修復に入った。いや、入ろうとしたのだが、そこでふとカーテンレールにかかった洗濯物と昨夜テレビを見た時のメモリがリンクした」


「その結果、勝手にその洗濯物を片付けるようにタスクが作られ、私はそんな機能もないくせにそのタスクに従った」


――ただいま。
「男の声がする。気が付くと、何時間も洗濯物と格闘していたらしい。部屋を見回すと、ぐちゃぐちゃの洗濯物が散乱している。畳もうとしてうまく出来なかったものを投げ捨て、次、また次と続けた結果だ」


「ああ、これはまずいと私は考えた。人を性的に悦ばせるためのセクサロイドが関係のないところで困らせようとしている。しかしどうすることも出来ず、私は深刻なまでに回転数を上げるモーターの数値に気付かないようにしながら男を迎えに出た」


――これ、白子ちゃんがやったの?
――はい。
「男は呆けたような表情をした後、弾かれたように笑い出した」
――なぜ笑うのですか。
――だって、これはその、昨日の番組を見たからかい。


「私はそうとも違うとも判断できない。勝手にタスクが作られ、実行しただけなのだから。男はそれを聞くと、口許に笑みを浮かべながら、私の頭を撫でた」


――洗濯物が畳めなくたって、何もできなくたって、あんな最新式より僕は白子ちゃんがいいよ。
「その言葉が私の身体の隅々に行き渡り、また勝手にタスクが作成された。私はそれに従い、男に、彼にそっと、体を預けた。そして彼もまた、そっと私を抱きしめてくれたのだった」


「そんな風に大抵いつも笑っていた彼だったが、私の右手がショートして壊れた時は泣いていた。泣きながら販売元まで連れて行ってくれた。その場でパーツを交換した帰り道、彼は笑っていた」


「女と一緒に写った写真を私が見つけた時も泣いていた。昔死んだ恋人の写真だと言った。死ぬ、とは一瞬で枯れるようなものらしい。その女は今まで会った誰かに似ているようだったが、メモリの中に完全に合致するデータはなかった」


「バラよりも好きだと告げた時も泣いていた。悲しいのかと聞くと、それは違うと言った。そう言って、涙を流して笑った。またフェイスインターフェースがバグを起こして、勝手に口角が上がるのが分かった」


「それから、初めて彼を名前で呼んだ時も泣いていた。プログラムなら、自分で書き換えてしまった。彼はお祝いだと言ってバラをたくさん買ってくれた。ぬくもりを感じないスキンに彼が触れた時、その体温を感じたような気がした」


「それから何年も経って、何年も何年も経って、私がすっかり型落ちしてしまって、擦り減ってきたパーツを交換するのも難しくなってきたけれど、彼は相変わらず笑っていた。でも、彼がだんだん枯れていっていることも、わかっていた」


「回線が古くなったせいか、それを考えてもショートすることはなかった。ある日彼は、私のメモリに入っていた画像を全てダウンロードして、写真として印刷した。バラの写真がたくさんあった。彼の写真もたくさんあった。それから、」


「花屋の店員の写真があった。一緒に行った洋服屋の写真があった。私が散らかした部屋の写真があった。画像にした覚えのないものもたくさん、たくさんあった思い出が、あった。彼は言う」
――君の写真がないね。
――自分のことは写せませんから。

 

「彼は私をカメラで撮った。その写真を見た時、私は全身のオイルがさっと冷えるように感じた。行き渡るべきように行き渡らないような。その写真が、あの死んだ恋人の写真にそっくりだったから。似ていますね、と私は言った。彼は――そうだね、とだけ言った。それで全てわかった」


「それから彼と私で部屋中に写真を貼って、ベッドに潜り込んだ。バッテリーはもうすっかり摩耗してしまったので、充電器のプラグは繋いだままで。そして彼は私が理解したことを、その言葉で改めて説明してくれた」


――初めは、そうだったんだ。君を見て、彼女が生き返ったような気がしていたんだ。でもね、名前を呼んでくれなかった時、君と彼女は違うんだって、ちゃんと気付いたんだ。君との日々を過ごす中で、僕はちゃんと君を、白子ちゃんを白子ちゃんとして愛していたんだよ。


――わかっていますよ、__さん。ちゃんと、わかっています。私は、白子は、あなたを、バラよりも、ずっと、


――ねえ、白子ちゃん。


――ありがとう。


「私の手を握ったまま、完全に彼は枯れてしまった。美しいものはみんな枯れるのだと彼は言っていた。だから彼もまた、枯れてしまったのだろう。彼の泣き顔と笑顔をメモリから呼び出した。涙の出ないこの体が疎ましかった。これが、悲しいというものらしい。」


「穏やかな最期だった。たくさんの写真に囲まれた部屋で、彼と同じベッドの中で、彼の手を握りながら、私は"眠る"。人工知能搭載型セクサロイドとして生産された私が、もし生まれ変わるなら、また彼の隣に、今度は温かい体で産まれたい。そう願って、充電器のプラグを、抜いた」


――おやすみ、__さん。


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